head_img_slim

参加者の声

ドリームウォーカー・デスについて (Aさん 男性)

最初に参加したのは、ドリームウォーカー・デス

言っている内容自体は理解できなかった。

その中で腑に落ちた事

花の橋での体験。

「いつでも自分が決めたタイミング、 決めた形で死ねるんだ」
つまり、死というものは
アクシデント(自分で決められない出来事)から
イベント(自分で決められるもの)へと変わった瞬間だった。

決めた形と言うのは、

肉体を離れた後
生まれ変わりも選べるし、

死後の世界で遊ぶ事も出来る

花の橋を越えて、天界に帰る事も出来る

学びを深める場所にも行ける

その他、どれを選ぶかは自分次第


自分の肉体に入る選択をした場合でも、
どんな環境、どんな両親を選ぶのか


誕生プロセス自体を変化させてみたり。


一般には知られていない、別の体現の形もあるらしい

いろんな可能性がある


別の惑星へも行けるかもしれない

いろんな経験が存在している


完全にすべては自分次第な事が腑に落ちた。


スクールから家に戻り、
Yさんに電話してその話をしたら
翌日、予告なしにYさんが宮田村に来てびっくりした

東京、名古屋のサンニャーシンも集まってきて
山崎さんに電話したら
私も行きますと、山崎さんが宮田村に来てくれた。

それが、始まりです。

icon →ドリームウォーカー・トランジションの3日間のスクール

主催者の声

ドリームウォーカー・デスについて (代表山崎邦明氏)

2006年1月、バハマのエルーセラ島で、セントジャーメインのESS(エルーセラ・シンクロタイズ・システム)の集会に参加した折、ジェフから、3月にオーストラリアでドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションの最後のワークショップがあるので、是非参加するよう、誘われました。
「死」についての、そして、これから「死を迎え、死んだ人の魂」をファシリテート(案内)するドリーム・ウォーカーについて、当時、あまり興味がなく、また気持ちの良いものではないと感じていました。
え~、そんな時間と、お金がないし、興味もないよ、と思いながら、行くのか行かないのか、行くのはきついと、何回も誘ってくれるジェフには生返事で帰国しました。
後に、とても重要だから、何回も誘ってくれた意味が解かるようになります。

日本に帰国して、すぐ翻訳責任者のmayumiさんのところへ、エルーセラの報告をするために連絡をしたのですが、mayumiさんとは、前の年、ドリーム・ウォーカーは面白くなさそうだし、何かヤダねと話していたので、ジェフにオーストラリアのドリーム・ウォーカーに参加するようにと言われて、参っていると伝えると、なんと、あれだけドリーム・ウォーカーに嫌悪感を持たれていたmayumiさんが、何故だかわからないけれど、2月のデンバーで行われるドリーム・ウォーカーに、三日前に申し込んだと言うではありませんか。
どうしてしまったのですかと尋ねると、mayumiさんも、何故、自分が急に申し込んだか良くわからないと仰っていました。
この時、mayamiさんと私は、これはきっと何かあるに違いないと、感じあっていました。
そう感じたので、私とメーガンはオーストラリアのジェフがチャネリングをする最後のドリームウォーカーに参加することにしました。(実際は、オーストラリアの後、同じ月にヨーロッパで行われたのが最後でした)
オーストラリアのドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションはmayumiさんのデンバー報告にもあるように、かつてない感動的なチャネリングでした。
こんなチャネリングを何回もしたら、ジェフの身が持たないのは目に見えています。
それはそれは、チャネリングをした当の本人ジェフも、その時のDVDを見ながら涙を流せるくらいのものです。

私がドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションを受けて、感じたことを書いてみます。
死後の世界は、どうゆう危険があるのか。どんな所なのか。
地球に生まれ変わる輪廻のエネルギーとは、どんなものなのか。
人は何故、生まれ変わるのか。
ただ知ることが出来ました。

セントジャーメインが、あなたの「今回の、この生は、地球での最後のものです。」という意味が、体感できます。
私が感じているのは、人が死ぬ前に必ず知っておくべき、とても重要な情報だということです。
何より、セントジャーメインが言う通り、「このプロセスを通して、あなた自身の進化に、一番早い方法です。」という、意味が良く理解できました。

2006年9月、初めての教師養成コースが開催され、記念すべき第1回目は四日間のドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションの教師コースでした。
このコースに参加した、私とメーガンは、改めて、セントジャーメインのチャネリングによるドリーム・ウォーカーの重要性に気づくことになります。
早く日本で、この情報を皆さんにお伝えしたいと思っていましたが、三日間にわたる膨大な量の翻訳がありました。
また、教材の日本版DVDの字幕スーパーのことを各方面に尋ねたり、準備に時間がかかっていました。
ジェフのアドバイスにより、早く日本で開催するため、字幕スーパーをやめ、同時通訳形式で行うことにしました。同時通訳は録音で流す予定です。

この情報を皆さんにお伝えできることは、本当に喜びです。

山崎邦明 (クリムゾンサークル・ジャパン代表 ※当時)


セントジャーメイン ドリーム・ウォーカー・スクール のご報告 (翻訳責任者のmayumiさん)

セントジャーメイン ドリーム・ウォーカー・スクール のご報告
デンバー コロラド州 2006年2月17-19日

はじめに、断っておかなければなりませんが、まだドリームウォーカーに参加されていないシャーンブラの方々に満足するような報告はできないかもしれません。
申し訳ありませんが、まだ、マインドをかき乱されたまま、肉体的にも、エネルギー的にも、通常に機能していない私の報告にご辛抱いただければ、うれしく思います。

ひとつには、このスクールは、おそらくシンクロタイジングや、他のセクシュアル・エネルギーなども含めてそうであると思われますが、セッションの、たとえばコンパクトに編集されたCDを聞いたり、シャウドを読むようにそれぞれが独自に吸収できるものではないからです。
つまり、これは、体験しなければならないものなのです。

セントジャーメインは、3日間のうち、丸々2日半、入ってきて、私たちを指導し続けました。
別にセントジャーメインが自ら話さなくてもすむような現世的な、というか、実際的な物事まで、あらゆることを話してくれました。
なかには、え? と首を傾げたくなるルールや決まりごともありました。
彼は、執拗にそこで自ら手ほどきした手順や決まりごとから私たちが踏み外さないことを何度も何度も繰り返し、強調しました。
それは、少しずつ、私のなかに浸透していき、最後には、あ、そうだ、だからなんだ、と納得せざるをえませんでした。

最後の決まりごとは、このセッションのCDは参加者全員に配布すること、というのがありました。
セントジャーメインがその場でジェフとリンダに有無を言わさず、そうしろ、と告げたわけですが。
ただし、絶対に参加者以外にそれを渡さないこと、というのが大前提でした。
つまり、このスクールは、体験するものであり、ただ何となく聞いてみよう、ドリーム・ウォークをやってみよう、というのは本当に「危険」なのだ、というのがセントジャーメインとあちら側の見解でもあり、クリムゾン・サークルと参加した人たち全員が納得できる見解なのです。
ジェフによれば、1回目のスクールを録音したものを聞いてドリーム・ウォークを試した人たちが、現在、カウンセリングを受けているということです。
ドリーム・ウォークは、危険な「近くの次元」(人間が4次元と呼ぶ領域、スクールでは確か、領域ではなく、次元という言葉をジャーメインは使っていました)を通っていきます。
その次元では、実際に訓練を受けたドリーム・ウォーカーですら、とらわれてしまう可能性が常にあります。
私たちが死後の世界としてよく聞く領域のことで、参考図書や映画、ビデオとしてあげられているものの多くが、この領域に関するものです。
そして、そこにとらわれたら、セントジャーメインやあちら側の存在が助けられるかどうかは分からないのです。
それくらい、危険な領域です。

スクールの、つまり実際のドリーム・ウォークの詳細をここでお話しすることは、残念ながらできません。
おそらくこれを読んでいただいているたくさんの方が遅かれ早かれ、スクールに参加されることになるのではないか、と私は感じていますので、その必要もないかもしれません。
というのは、ドリーム・ウォークは、クリムゾン・サークルの核となるものだからです。
それは、あるアメリカのひとつのスピリチュアルなグループが組み立てているとか、そういう次元を超越したものです。
二元性、古いエネルギー、そういうものを本当に超えて進むのだ、ということを私たちはシャウドでずっと聞いてきました。
でも、じゃあ、どうするのか? それが、急速にこの地球に具現化しつつあります。
シンクロタイジングもそうです。セクシュアル・エネルギーもそうです。
すべてがつながっています。
そして、その背後には、もっとずっと大きな力、大きな何かが働いているのだと私は実感しています。

スクールで私たちは、「近くの次元」を超えて、さらにクリスタルの領域へ入り、そこからさらに先へ進み、「故郷」の入口である「花の橋(Bridge of Flowers)」まで旅をします。
それは、言葉では言い表せない体験です。
少し前のシャウドで、トバイアスが「クリスタルの領域」について、言葉で説明しないで下さいと言っていましたが、それは言葉で説明することはできません。
自分が何を体験しているかも定かではない状態、と言っていいかもしれません。
でも、何とか壁のこちら側で見守っている私の別の部分は、マインドが機能しない私を静かに見守り、その感覚、その場所のなつかしさに涙を流していました。

通常、少なくともここしばらくは、人間は死ぬと、近くの領域にとどまりました。
肉体から解放され、何でも好きなことをイメージし、パーティを開いて、やりたい放題したり、会いたかった人たちに会う・・・
それは、近くの領域の話です。ドリーム・ウォークは、そこを超えて、「故郷」まで死者を送ることを言います。
そして、私たちはその旅において、「故郷」のエネルギーを地球に携えて戻ってくるのです。
それは、本当に素晴らしく深遠で、栄誉なことだと私は思いました。

チャレンジは、やはり、マインドは使えないため、どれくらい自分を信頼できるか、ということになると思います。
それは、日本から参加したもう一人のフリント氏もおっしゃっていましたが。
スクールを終えて、ドリーム・ウォークの感覚が増す一方、疑いが出てくることはやはり、否定できません。
私は質疑応答のなかで、それがどれくらい強烈なものだったかをある意味、セントジャーメインから証明してもらったので、かろうじてマインドを納得させることはできますが・・・
ちょうど、少し前に亡くなったアーティストのR.C.ゴーマン氏をドリーム・ウォークした人が、トバイアスから、シャウドのなかで証明してもらったように、それは心強いものです。

ドリーム・ウォークは2005年夏に初めて行われ、ドリーム・ウォーカーたちはまだ、試行錯誤している状態です。
でも、確実に拡がりを見せているというというのは、そこに参加した200人(!!すごいでしょ、200人です、デンバーにそれだけの人が集まりました)のすべてではありませんが、多くの方と話して私が実感したことです。
雪というより、寒さに閉ざされたデンバーで、コロラド出身者たちによると、めったにない寒さ、ということですが、(出発前に確認したら最高気温が-7℃でしたが、スクール中はもっと下がっていたそうです)
そのおかげで、スクールの後の長い夜を、シャウドの常連たちだけでなく、他の様々な国のシャーンブラたちと話をしたり、たくさんのものを共有できたことは、本当に素敵な体験でした。

本当に言葉で伝えられないというのはもどかしいものです。
でも、言葉は伝わらない、というのも実感です。
ほとんど何がなんだかお分かりいただけないと思いますが、今、こうして書きながら、日本のシャーンブラの方々と深くつながっているのを感じています。
少しでもエネルギーが伝えられたらうれしく思います。

3月にスクールに参加される方へ、何も準備する必要はないと思います。
というのは、参加すると決めた時点で、あるいはもっとずっと前から、すでにあなたにとってのドリーム・ウォーカーは始まっています。
もし不快な感覚が肉体的でも精神的でも襲ってきたとしても、ただ、それは自分のことではない、と流してあげて下さい。
素敵な体験をしてきて下さいね。
また、ぜひ、シェアして下さい。

セントジャーメインが最後に言いました。
I am, yes, You are.

mayumi


 

ドリームウォーカー・トランジションに関する情報ピックアップ


ページトップに戻る