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1987年のハーモニックコンバージェンス以降、地球には宇宙から
より高い意識の情報が入りやすくなりました。

この時期より、グルではなく、ごく普通の一般人がチャネリングを始め、
色々な情報が伝えられることが多くなりました。

ドリームウォーカー・トランジションのスクールは、
現在、アメリカ、ドイツ、 ポーランド、ルーマニア、スイス、
日本を中心に世界中で開催されています。

ドリームウォーカー・トランジションについて (山崎邦明氏)

2006年1月、バハマのエルーセラ島で、セントジャーメインのESS(エルーセラ・シンクロタイズ・システム)の集会に参加した折、ジェフから、3月にオーストラリアでドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションの最後のワークショップがあるので、是非参加するよう、誘われました。
「死」についての、そして、これから「死を迎え、死んだ人の魂」をファシリテート(案内)するドリーム・ウォーカーについて、当時、あまり興味がなく、また気持ちの良いものではないと感じていました。
え~、そんな時間と、お金がないし、興味もないよ、と思いながら、行くのか行かないのか、行くのはきついと、何回も誘ってくれるジェフには生返事で帰国しました。
後に、とても重要だから、何回も誘ってくれた意味が解かるようになります。

日本に帰国して、すぐ翻訳責任者のmayumiさんのところへ、エルーセラの報告をするために連絡をしたのですが、mayumiさんとは、前の年、ドリーム・ウォーカーは面白くなさそうだし、何かヤダねと話していたので、ジェフにオーストラリアのドリーム・ウォーカーに参加するようにと言われて、参っていると伝えると、なんと、あれだけドリーム・ウォーカーに嫌悪感を持たれていたmayumiさんが、何故だかわからないけれど、2月のデンバーで行われるドリーム・ウォーカーに、三日前に申し込んだと言うではありませんか。
どうしてしまったのですかと尋ねると、mayumiさんも、何故、自分が急に申し込んだか良くわからないと仰っていました。
この時、mayamiさんと私は、これはきっと何かあるに違いないと、感じあっていました。
そう感じたので、私とメーガンはオーストラリアのジェフがチャネリングをする最後のドリームウォーカーに参加することにしました。(実際は、オーストラリアの後、同じ月にヨーロッパで行われたのが最後でした)
オーストラリアのドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションはmayumiさんのデンバー報告にもあるように、かつてない感動的なチャネリングでした。
こんなチャネリングを何回もしたら、ジェフの身が持たないのは目に見えています。
それはそれは、チャネリングをした当の本人ジェフも、その時のDVDを見ながら涙を流せるくらいのものです。

私がドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションを受けて、感じたことを書いてみます。
死後の世界は、どうゆう危険があるのか。どんな所なのか。
地球に生まれ変わる輪廻のエネルギーとは、どんなものなのか。
人は何故、生まれ変わるのか。
ただ知ることが出来ました。

セントジャーメインが、あなたの「今回の、この生は、地球での最後のものです。」という意味が、体感できます。
私が感じているのは、人が死ぬ前に必ず知っておくべき、とても重要な情報だということです。
何より、セントジャーメインが言う通り、「このプロセスを通して、あなた自身の進化に、一番早い方法です。」という、意味が良く理解できました。

2006年9月、初めての教師養成コースが開催され、記念すべき第1回目は四日間のドリーム・ウォーカー・デス・トランジッションの教師コースでした。
このコースに参加した、私とメーガンは、改めて、セントジャーメインのチャネリングによるドリーム・ウォーカーの重要性に気づくことになります。
早く日本で、この情報を皆さんにお伝えしたいと思っていましたが、三日間にわたる膨大な量の翻訳がありました。
また、教材の日本版DVDの字幕スーパーのことを各方面に尋ねたり、準備に時間がかかっていました。
ジェフのアドバイスにより、早く日本で開催するため、字幕スーパーをやめ、同時通訳形式で行うことにしました。同時通訳は録音で流す予定です。

この情報を皆さんにお伝えできることは、本当に喜びです。

山崎邦明 (クリムゾンサークル・ジャパン代表 ※当時)

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»ドリームウォーカー・デス・トランジション

ドリーム・ウォーカー・スクールのご報告(翻訳責任者のmayumiさん)

セントジャーメイン ドリーム・ウォーカー・スクール のご報告
デンバー コロラド州 2006年2月17-19日

はじめに、断っておかなければなりませんが、まだドリームウォーカーに参加されていないシャーンブラの方々に満足するような報告はできないかもしれません。
申し訳ありませんが、まだ、マインドをかき乱されたまま、肉体的にも、エネルギー的にも、通常に機能していない私の報告にご辛抱いただければ、うれしく思います。

ひとつには、このスクールは、おそらくシンクロタイジングや、他のセクシュアル・エネルギーなども含めてそうであると思われますが、セッションの、たとえばコンパクトに編集されたCDを聞いたり、シャウドを読むようにそれぞれが独自に吸収できるものではないからです。
つまり、これは、体験しなければならないものなのです。

セントジャーメインは、3日間のうち、丸々2日半、入ってきて、私たちを指導し続けました。
別にセントジャーメインが自ら話さなくてもすむような現世的な、というか、実際的な物事まで、あらゆることを話してくれました。
なかには、え? と首を傾げたくなるルールや決まりごともありました。
彼は、執拗にそこで自ら手ほどきした手順や決まりごとから私たちが踏み外さないことを何度も何度も繰り返し、強調しました。
それは、少しずつ、私のなかに浸透していき、最後には、あ、そうだ、だからなんだ、と納得せざるをえませんでした。

最後の決まりごとは、このセッションのCDは参加者全員に配布すること、というのがありました。
セントジャーメインがその場でジェフとリンダに有無を言わさず、そうしろ、と告げたわけですが。
ただし、絶対に参加者以外にそれを渡さないこと、というのが大前提でした。
つまり、このスクールは、体験するものであり、ただ何となく聞いてみよう、ドリーム・ウォークをやってみよう、というのは本当に「危険」なのだ、というのがセントジャーメインとあちら側の見解でもあり、クリムゾン・サークルと参加した人たち全員が納得できる見解なのです。
ジェフによれば、1回目のスクールを録音したものを聞いてドリーム・ウォークを試した人たちが、現在、カウンセリングを受けているということです。
ドリーム・ウォークは、危険な「近くの次元」(人間が4次元と呼ぶ領域、スクールでは確か、領域ではなく、次元という言葉をジャーメインは使っていました)を通っていきます。
その次元では、実際に訓練を受けたドリーム・ウォーカーですら、とらわれてしまう可能性が常にあります。
私たちが死後の世界としてよく聞く領域のことで、参考図書や映画、ビデオとしてあげられているものの多くが、この領域に関するものです。
そして、そこにとらわれたら、セントジャーメインやあちら側の存在が助けられるかどうかは分からないのです。
それくらい、危険な領域です。

スクールの、つまり実際のドリーム・ウォークの詳細をここでお話しすることは、残念ながらできません。
おそらくこれを読んでいただいているたくさんの方が遅かれ早かれ、スクールに参加されることになるのではないか、と私は感じていますので、その必要もないかもしれません。
というのは、ドリーム・ウォークは、クリムゾン・サークルの核となるものだからです。
それは、あるアメリカのひとつのスピリチュアルなグループが組み立てているとか、そういう次元を超越したものです。
二元性、古いエネルギー、そういうものを本当に超えて進むのだ、ということを私たちはシャウドでずっと聞いてきました。
でも、じゃあ、どうするのか? それが、急速にこの地球に具現化しつつあります。
シンクロタイジングもそうです。セクシュアル・エネルギーもそうです。
すべてがつながっています。
そして、その背後には、もっとずっと大きな力、大きな何かが働いているのだと私は実感しています。

スクールで私たちは、「近くの次元」を超えて、さらにクリスタルの領域へ入り、そこからさらに先へ進み、「故郷」の入口である「花の橋(Bridge of Flowers)」まで旅をします。
それは、言葉では言い表せない体験です。
少し前のシャウドで、トバイアスが「クリスタルの領域」について、言葉で説明しないで下さいと言っていましたが、それは言葉で説明することはできません。
自分が何を体験しているかも定かではない状態、と言っていいかもしれません。
でも、何とか壁のこちら側で見守っている私の別の部分は、マインドが機能しない私を静かに見守り、その感覚、その場所のなつかしさに涙を流していました。

通常、少なくともここしばらくは、人間は死ぬと、近くの領域にとどまりました。
肉体から解放され、何でも好きなことをイメージし、パーティを開いて、やりたい放題したり、会いたかった人たちに会う・・・
それは、近くの領域の話です。ドリーム・ウォークは、そこを超えて、「故郷」まで死者を送ることを言います。
そして、私たちはその旅において、「故郷」のエネルギーを地球に携えて戻ってくるのです。
それは、本当に素晴らしく深遠で、栄誉なことだと私は思いました。

チャレンジは、やはり、マインドは使えないため、どれくらい自分を信頼できるか、ということになると思います。
それは、日本から参加したもう一人のフリント氏もおっしゃっていましたが。
スクールを終えて、ドリーム・ウォークの感覚が増す一方、疑いが出てくることはやはり、否定できません。
私は質疑応答のなかで、それがどれくらい強烈なものだったかをある意味、セントジャーメインから証明してもらったので、かろうじてマインドを納得させることはできますが・・・
ちょうど、少し前に亡くなったアーティストのR.C.ゴーマン氏をドリーム・ウォークした人が、トバイアスから、シャウドのなかで証明してもらったように、それは心強いものです。

ドリーム・ウォークは2005年夏に初めて行われ、ドリーム・ウォーカーたちはまだ、試行錯誤している状態です。
でも、確実に拡がりを見せているというというのは、そこに参加した200人(!!すごいでしょ、200人です、デンバーにそれだけの人が集まりました)のすべてではありませんが、多くの方と話して私が実感したことです。
雪というより、寒さに閉ざされたデンバーで、コロラド出身者たちによると、めったにない寒さ、ということですが、(出発前に確認したら最高気温が-7℃でしたが、スクール中はもっと下がっていたそうです)
そのおかげで、スクールの後の長い夜を、シャウドの常連たちだけでなく、他の様々な国のシャーンブラたちと話をしたり、たくさんのものを共有できたことは、本当に素敵な体験でした。

本当に言葉で伝えられないというのはもどかしいものです。
でも、言葉は伝わらない、というのも実感です。
ほとんど何がなんだかお分かりいただけないと思いますが、今、こうして書きながら、日本のシャーンブラの方々と深くつながっているのを感じています。
少しでもエネルギーが伝えられたらうれしく思います。

3月にスクールに参加される方へ、何も準備する必要はないと思います。
というのは、参加すると決めた時点で、あるいはもっとずっと前から、すでにあなたにとってのドリーム・ウォーカーは始まっています。
もし不快な感覚が肉体的でも精神的でも襲ってきたとしても、ただ、それは自分のことではない、と流してあげて下さい。
素敵な体験をしてきて下さいね。
また、ぜひ、シェアして下さい。

セントジャーメインが最後に言いました。
I am, yes, You are.

mayumi

»ドリームウォーカー・デス・トランジション

ドリーム・ウォーカー・アセンションの報告  林 眞弓さん

ドリーム・ウォーカー・アセンションの報告  by 林 眞弓(mayumi)

コロラド州ブレッケンリッジは、デンバーからおよそ2時間ほど、バスを乗り継いだ高い山の上にあります。昨年のミッドサマー・カンファレンスが開催された場所です。実際に行ってみると、こんなこじんまりとしたリゾート地でどうやってそれだけ大きなイベントが行われたのか、私には最後まで謎のままでした。

参加者は正確にどれくらいだったのか分かりませんが、100人を超えたくらいだったのではないか、と思います。デンバーのデス・トランジション・スクールよりもずっと少ないな、という感じを受けました。もしかすると思ったより多かったのかもしれませんが、とても親密な雰囲気がありました。参加者はほとんどがアメリカのシャーンブラでしたが、オランダ、イスラエル、バハマ、ベネズエラなど、遠くから参加されている方もいました。個人的には、デンバーで知り合ったシャーンブラたちと再会できて、とても楽しかったです。また、日本からの参加は私だけでしたが、カウアイから参加したChizuruさんと再会できたのも、とてもうれしく思いました。

セント・ジャーメインのスクールは、ちょっとしたハプニングが起こることで知られています。デンバーのデス・トランジションでは停電が起こりました。コロラドのシャーンブラはそのようなことに慣れているらしく、「ビデオに映るのが大好きなセント・ジャーメインが、停電を放っておくことはないでしょ」と皆さん、平然としていました。というわけで、停電はDVD収録前にちゃんと回復しました。今回は、1日目終了直後に火災報知機のサイレンが鳴る騒ぎがありました。その時は誰もがホテルの前に追い出され、消防車が来て、ちょっとした騒ぎになりました。女王様のように威厳ある態度を崩さなかったのは、タオスで行われるクォンタム・リープ・セレブレーションのホストであるルイーズさんです。クツミの本を書いた人です。あとで、「まったく、みんな、外まで出たの?部屋にいればいいのよ、そんなことで大慌てするなんて、バカみたい」正確には少し、違いますが、そのような調子でした。そこにドクター・ダグが「そうよ、そうよ」と相槌を打つわけです。ルイーズさんやドクター・ダグをご存知の方なら、お分かりいただけると思うのですが。内輪の話のようになって、すみません。

ハプニングと言えば、もう1つ、3日目にリンダがジェフと何やら、会場のエアコンについて話しながらホールを歩いていて、ふとジェフを見たら、消えていた、のだそうです。ジェフは実際には、会場の中にいたということでした。私はきっと疲れているのよ、と言っていましたが。ええ、こういうことはどうでも良い話なのですが、DVDだけでは分からないその場の雰囲気が少しでも感じられれば、と思います。実はスクールの間、ブルー・ムーンなんだよ、とジェフが言っていたのですが、ブルー・ムーンというのは、同じ月に満月が2度あって、その2度目の満月をブルー・ムーンと呼ぶそうです。「once in a blue moon」というのは、めったにないこと、という意味ですが、その語源なんですね。残念ながら、9時を過ぎると時差のためか、もりあがるシャーンブラを後にして部屋で寝ていた私には見ることはできなかったのですが。

スクールは、「このスクールはわずかな人のためのものであり、たくさんの人のためのものではありません。」というアダマス・セント・ジャーメインの言葉から始まりました。

日本を発つ数日前、山崎さん(クリムゾン・サークル・ジャパン代表)と電話で話をしたのですが、その時、山崎さんがいつになく真剣な調子で、「覚悟して行って来て下さい。」と何度も言うのです。まるでセント・ジャーメインがのり移ったような感じです。(怖いでしょう?) ええ、山崎さんのセッションを受けられた方は、時々、山崎さんがそのような状態で話をするのをご存知かもしれません。

「このスクールは究極なのですから。」 ということで、実際、その通りの、すごいスクールでした。

この報告を読まれる方は、おそらく近い将来、アセンション・スクールに参加されると思いますので、内容については触れないでおきます。私が個人的に感じたことくらいにとどめておきますが、実際、このスクールでセント・ジャーメインの話を聞いている3日間、ずっと、自分はとても個人的に、セント・ジャーメインに語りかけられているのだ、という感覚がどうしても拭えませんでした。そして、そのように感じているのは、どうも私だけではなかったのではないか、と思います。

7月のシャウドでトバイアスが少し、触れていましたが、3日目の午後、スクールの終わりに、とても衝撃的なことが起こりました。私はあの体験をいったい、どうやって皆さんに伝えればいいのか、いまだに分かりません。言葉ではどうも、うまく伝えられそうにありません。これを読んでいる日本のシャーンブラはおそらく、何があったのか、知りたいと思うと推測するのですが、とてもうまく、伝えられません。伝えることで、歪めてしまうのではないかという懸念もあります。直接、皆さん1人ひとりをハグして、「こんな感じ」、とお伝えできれば、いちばん、よいのですが。始まりは、おそらくQ&Aセッションの前に、ノーマとギャレットが話をしている時だったと思います。ギャレットは、自分が隅っこに隠れたままでいないで、表に出るのだ、という選択をした話をしました。ノーマがそれを聞いて、思わず泣き出してしまったのです。私たちは少し、当惑しながらも、深い感動を受けていました。

Q&Aが終わり、スクール終了後、ノーマが呼吸を始めると、セント・ジャーメインがそれを制して、ビデオを止めて、個人的に1人ひとりに話をしたい、と言いました。その内容は、とても深遠なものでした。私たち1人ひとりがここで行われるスクールのために、どれほど準備してきたか、何週間というものではなく、何年という期間にわたって準備してきたのだ、ということを静かに話し始めました。その内容は、ある意味、とても個人的なもので、また、衝撃的なものでした。でも、何より大きかったのは、そこに流れていた空気です。トバイアスがシャウドで語ったような、とても大きな何かがそこに起こったのを、1人ひとりが感じていました。ジェフは話が終わると、何も言わずに会場から出て行き、しばらく戻りませんでした。

その後、歩いている人もいましたし、部屋にこもってしまった人もいました。私はホテルの前の芝生に座り込み、何を考えるでもなく、見るでもなく、長い間、山の向こうを見るともなく見ていました。何だか、セント・ジャーメインが言ったように、「このスクールをもって、私たちがやってきたことに、1つの終止符が打たれた。」という感じでした。その時は少し、混乱していました。アセンションというものは確かに並々ならぬ決意がいるものですが、それは、今まで私が考えていたような「たいへん」「存在のすべてをかけて」というようなイメージとは違ったからです。「こんなに簡単で、こんなに素敵で、こんなに軽いもの?」なんだ、というのを垣間見たことで、その気づきに自分をうまく重ねあわせることができないでいました。

翌日、朝早く、私はデンバーからLAに向かう飛行機の中にいました。まだ、夢のような状態でぼんやりと飛行機の窓からコロラドの山々を眺めていました。その日は滞在中と同じように、とてもよく晴れた朝で、朝日が山々を照らし、それは本当に、夢のようにきれいでした。セント・ジャーメインが言う「天使の頂」にいるかのように神秘的な風景が広がっていました。その風景を見下ろしながら、私は、スクールでした選択を、もう1度している自分を感じていました。でも、その時は本当に、とても深いところでとてもクリアーに選択をしました。人生でそのように深い場所から、とても自分を知っている状態で何かを選択したのは、初めてのことです。それは、純粋に個人的な体験でした。このスクール自体が、本当に個人的な体験でした。これからスクールを体験される方、1人ひとりで違う体験をされると思いますが、それは、本当にかけがえのない、素敵な体験になると思います。

最後にお話しておかなければなりませんが、私が個人的に選択したことの結果として、突然ですが、7月のシャウドをもって、翻訳をやめさせていただくことになりました。少なくともしばらくの間は。スタッフの方、そして毎月、シャウドを辛抱強く読んでいただいたシャーンブラの皆さんにはご迷惑をおかけしますが、ご理解いただければと思います。もちろん、シャーンブラをやめる、ということではありません。今ではかつてないほど、自分がシャーンブラであるのを感じています。このことで、本当に、「とても」深いところでご理解いただいた山崎さんには、深く感謝しています。皆さま、これまで、ありがとうございました。また、セッションやギャザリングでお会いできれば、と思います。

by 林 眞弓(mayumi)

ドリームウォーカー・アセンション・トランジション

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